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政男兵記―私の前世は日本兵―

日本兵だった前世の記憶を掘り起こし、かつての人生を思い出していくブログ。

現代日本人よ、貴様らは贅沢すぎるぞ!

贅沢は敵だ!』
 
 戦時下ではそんなキャッチフレーズが流行ったそうな。
 
 《彼》も、似たような考えを持つ一人のようです。
 
 
 ◇ ◇ ◇
 
 
 今年三月の連休、私は函館にお住まいの祖母の家へ遊びに行きました。
 小さな兄弟三人と、両親で。
 
 六時間も車に乗り、ヘトヘトになりながらのどかな函館の田舎町へ。
 それから祖母の家に行って、夜には集まった親戚たちと豪華なお鍋を食べて、翌日――。
 病院に入院している祖父のところへ行くため、私たちは車に乗りました。
 
 その途中、私は走行中の自衛隊の車を見ました。
 すると……。
 
 
 ――あれが今の日本の軍隊か。
 
 
 あの声が、また心の中で聞こえました。
 あれ、函館に行く途中や一日目は全然聞こえなかったのに。
 車の中に乗っていた自衛官に惹かれて現れたのでしょうか?
 
 声が聞こえてすぐさま、私はまた自分のものではない感情に支配されました。
 

 ――時代は変わったものだ。木造建築が一つもないなんて、なんだか見てて気持ちが悪いな。
 それに何なんだ、あちこち立っているあの派手な色の看板は。まるで男を黄色い声で呼んでる娼婦のちゃらついた雰囲気そのものだ。
 こんな街に住んでいたら落ち着いて暮らせんぞ。
 
 
 小さい頃から見慣れているはずのふるさとの光景が、急に気色悪いものに感じられて、私はぞわぞわしました。
 
 あの声は、このぞわぞわ感は……私の前世で、軍人と名乗るあの政男さんという方の思考?
 
 私は、政男さんになっているの?
 また、頭が混乱して来ました。
 
 いつもと違うこの感覚。
 現実離れしたこの感覚。
 これは、政男さんの感覚?
 
 私は冷静に状況を整理することにしました。
 
 ふむ……どうやらあの前世退行誘導という動画を見てしまって以来、私の中で眠っていた政男さんという人の記憶が蘇ってしまったらしい。
 本当に、前世の記憶が蘇ってしまったらしい。
 あの動画、恐るべし。
 コメント欄にも、はっきりと前世を思い出したってユーザーがいたし。
 
 今の私は古い時代を生きていた政男さんになってしまい、現代の街並みの光景にむずむずしている、と。
 
 この時から、だんだんと私は前世の記憶にとりつかれているのだと確信するようになりました。
 
 なぜ、ぞわぞわするのか。それは、戦中当時の人が暮らしていた街並みと現代のそれとでは、丸きり違うからでしょうね。
 旧日本軍兵士と思われる政男さんが生きていた頃の時代の町は、もっと質素な風景だったでしょう。
 どこもかしこも木造建築で、道路は土で、着物やモンペなど古めかしい服を着た人々がいたことでしょう。
 そんな町で育ったであろう政男さんには、現代の街の光景は刺激が強すぎたのかもしれません。

 私は「今は色んな技術が格段にアップしたのさ」と心の中で政男さんに言いました。
 でも、返事は返ってきませんでした。
 恐らくその理由は、政男さんは固有の人格を持つ存在ではなく、あくまで前世の記憶=忘れ去った過去の《私そのもの》だからなのでしょう。
 
 政男さん=過去の私。だから政男さんとして生きていた時の思いや感情が蘇って彼の思考に切り替わったり、私の心を支配したりするでしょう。
 私は、政男さんの時に戻った状態で今の街を見て、気色悪いと思ったのかもしれません。
 
 この政男さんの思考に切り替わった状態を、私は『政男モード』と呼ぶことにしました。
 
 そして祖父がいる病院に着いた時も、私は政男モードでした。
 
 
 ――ここが今の病院か。ふざけてるくらい清潔だな。
 
 
 
 病院内を見回わしていると、全身がとてもむずむずしました。
 清潔なのが落ち着かない、気持ち悪いと感じる感覚って今までありませんでした。
 その時の感覚は、まさに現代人らしくないものでした。
 
 まぁ、確かに政男さんにとって現代の病院はありえないくらい清潔でしょうね。
 
 政男さんにとっての病院って……きっと野戦病院でしょ?
 血まみれの兵隊さんが呻き声を上げながら床中に転がってて、衛生兵が忙しなく動き回ってるあの恐ろしい病院でしょ?
 
 麻酔なしで腹を切開したり縫ったり、溢れた内臓を傷口の中へ戻したり……。院内に漂っているのも、病院特有の薬品の臭いではなく血と肉の臭いだったでしょうな(ガクブル)
 幸い、この時グロテスクなイメージは浮かびませんでした(汗)
 
 そして祖父の病室へ行くと、また政男さんの声がしました。
 
 
 ――この方(祖父)も、俺と同じ時代を生きたのだろうか?
 
 
 政男さんが当時おいくつだったかは未だにわかりませんが、祖父は現在七十後半。たぶん、終戦時か戦後の生まれでしょう。なので、祖父は政男さんの後に生まれた人です。
 祖父のお父さん、つまり曾祖父が政男さんと同世代かもしれませんね。
 因みに、私の母方の曾祖父は日本兵でした。かっこいい制服を着た若き頃の曾祖父の写真が、曾祖母の実家に飾ってあります。

 それから病室にいる間ずっと、私は政男モードでした。そのせいか、母から『あんた、顔怖いよ』と言われてしまいました。
 ええ、きっと軍人さんの顔になっていたのでしょうね(笑)
 
 病院を出た後、私たちは近場の蕎麦屋でお昼を食べることにしました。
 そこでも私は政男モードから抜け出せず、愚痴っぽいことを心の中で吐き続けました。
 
 
 ――蕎麦だと? これまた贅沢な。
 
 
 ぜ、贅沢ですって?
 現代日本人は当たり前のように蕎麦食ってますぞ。
 インスタント蕎麦もありますぞ。
 政男さんの時代に蕎麦は高級品だったのでしょうか?
 
 店に入って、私は豚丼単品を注文しました。
 そしてまた、政男さんがぶつぶつ文句を垂れ始めます。
 
 ――豚丼か。肉なんて本土でも滅多に食えなかったぞ。
 それにしても物凄い油の量だな。肉がギトギトじゃないか。戦車の油でも染み込んでるのか?
 
 戦車の油は染み込んでません(笑)
 
 豚丼を食べると、政男さんはまた一言、
 
 ――油まみれで味付けも濃すぎるくらいだ。飯一つにここまでこだわった味付けをするなんて、贅沢だ。
 今の日本人は随分贅沢なもの食っていやがる。
 
 ――俺なんて煮豆だけの粗末な缶詰を一日一個しか食えなかったってのに。
 
 テーブルに置かれたお蕎麦のザルを私の目を通して見ながら、政男さんはこんなことを言いました。
 
 
 ――煮豆の缶詰一つが明日の命を繋いでくれるありがたみなど、今の日本人にはわかるまい。
 
 
 なんて良い言葉だろう、と私は感動しました。
 毎日栄養たっぷりで美味しいご飯が食べられる現代人は、食の有り難みを普段あまり感じられていないことでしょう。
 政男さんのその言葉は、そんな現代人の一人である私の心にとても響きました。
 
 
 ――味付けもなにもいらない、俺はただ食べられるだけでよかった。たとえまずい煮豆を一日一缶食べれられるだけで満足だった。
 空から降ってくる雨滴を口開けて飲んだり、山に生えている山菜を摘んでかじったりできるだけでも、俺は生きた心地がした。
 それなのに現代の日本人はなんだ。馬鹿みたいに味にこだわったり、ただなんとなく腹が減ったからという軽い気持ちで飯を食うなんて。
 
 
 戦争中の人々は、何かを食べられるだけありがたかったんですね。
 今の資源豊かな時代を生きる私たちには想像できない心境です。
 
 
 ――俺にとって飯は、天皇陛下より偉い存在だった。天皇陛下は、俺の命を直接守ってはくれなかったからな。所詮あいつは名ばかりの神だった。
 俺は飯こそ真の現人神だと思っていた。飯陛下万歳、煮豆陛下万歳、飯盒陛下万歳……と俺は飯を崇めていた。
 
 
 政男さんは、天皇を裏で罵っていた人だったんですね。確かに、天皇に「お国のために戦え、死ね」と言われた身で天皇万歳!と心の底から讃えるのは難しいかもしれません。あくまで現代人の考えですが。
 
 ご飯中、私は色々と考えさせられたのでした。
 そして、政男さんという方についてもっと知りたくなりました。
 
 
 函館から自宅へ帰り、私は政男さんの記憶を掘り起こそうとさっそく瞑想を始めました。
 
 それから、政男さんの人生がほんの僅かですが見えてきたのです……。



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